おんな城主直虎41話ノブ(六角精児)の正体は?あらすじ(ネタバレ)と共に!

おんな城主直虎41話「この玄関の片隅で」
必死で草履番としてのお勤めを果たそうとする万千代(菅田将暉)

新たに、草履番の後継者を育てよとの命を受けつけられた人物がノブ

自分よりはるかに年上で、どうみてもうすノロにしか見えないノブ。
確か家康の鷹匠だったはず。

 

キャストは「相棒」でおなじみの六角精児さんです。
はたしてこのノブの正体とは?
今後は万千代の出世物語にどんな役割を果たすのでしょう!?

41話のあらすじ(ネタバレ)もサクッとお伝え致します。

 

Sponcored Link

 

 

おんな城主直虎41話六角精児演じるノブの正体とは?

井伊万千代(菅田将暉)が家康の小姓として取り立てられるための条件。
それは、草履番の後釜を育てることでした。

そして、万千代の元に連れてこられた人物は、ノブ(六角精児)と名乗る冴えない中年男でした 。

どこか見覚えがある顔です。

そう、おんな城主直虎39話「虎松の野望」で
鷹狩をする家康の元で、虎松の処遇に関して知恵を授けていた鷹匠(たかしょう)です。

どうも徳川家の重臣という立場ではなさそうですが、家康と懇意であることは確かなようです。

実は、NHK大河ドラマ「おんな城主直虎」でのノブの正体は、本多正信(ほんだまさのぶ)です。

あれれ・・・!?

本多正信といえば、昨年の大河ドラマ「真田丸」でも近藤正臣さんがキャストで渋~く演じてい らっしゃいましたよね!

今作では、扱いが違いますがそれもそのはず、まだまだ徳川家の黎明期ですから。

それでは、そもそも徳川家における本多正信とは、どのような人物なのでしょう?

 

六角精児がキャストの本多正信とは?

本多正信(ほんだまさのぶ)は、
天文7年(1538年)に生まれています。

 

井伊直政は、永禄4年(1561年)の生れですから、23歳年上です。

 

三河の国で生まれ元々は家康の鷹匠として仕えていました。
なので、ドラマの設定は史実通りです。

 

しかし、三河一向一揆で一揆側に付き家康とは敵対してしまいます。

 

その後家康により一揆は鎮圧され、長く諸国流浪の身となってしまいます。

この流浪している間の本多正信の行動は不明です。

 

 

とにかく、十数年の時を経て大久保忠世のとりなしで徳川家への帰参が叶っています。

 

 

本多正信といえば、武辺の者というよりは
知略・策略に秀でたクセモノ、というイメージが強いように思います。

 

やはり、不遇の時代があってこそ、
人の気持ちも良くわかり、だからこそ
策を巡らす知恵も浮かぶというものでしょうね。

 

 

天正10年(1582年)本能寺の変が勃発します。
命からがら生き延びた家康は、
旧武田領を治めることになります。

 

その頃から、本多正信が能力を発揮し始めます。

 

 

旧武田領の奉行を命じられた本多正信は、
旧武田家臣団を徳川家臣団に取り込むことに成功し甲斐・信濃領を統治することになります。

 

 

やはり、ただ者ではなかったわけです。
天正14年(1586年)従五位の下、佐渡守に任じられ
天正18年(1590年)には、一万石を与えられ大名となっています。

直政もですが、やはり世渡り上手です。

 

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは
後に徳川二代将軍となる秀忠に付き従い従軍します。

昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」で「第二次上田合戦」として描かれています。

 

秀忠が真田昌幸・信繁父子の猛攻に遭い
関ヶ原の戦いに遅参するという大失態を演じたアレです。

 

この時参謀であった本多正信は
上田城攻めに反対したといわれています。

 

 

その後、家康が将軍職に就任するために
朝廷との交渉役を任されるなど知力で徳川家の基盤を支えていきます。

 

慶長8年(1603年)江戸幕府が開設されると
家康の側近として実権を握ります。

 

さらに、慶長10年(1605年)家康が引退すると
2代将軍秀忠の元で幕政に参画します。

 

慶長12年(1607年)には、老中にまで登り詰めています。

一介の鷹匠から徳川幕府の老中にまで上り詰めたのですか、大したものです!

 

最期は、家康が亡くなった元和2年(1616年)6月7日に79歳の天寿を全うしています。

 

 

本多正信の人物像

家康は、本多正信のことを家臣・参謀としてだけではなく、友人として扱っていたといわれてい ます。

過去には敵味方として戦った相手を
長い歳月を経て参謀としてあるいは友として味方につけるとは流石、徳川家康ですよね。

でも、言い換えれば、本多正信に
それだけの人としての魅力・器があったともいえるのではないでしょうか。

家康の信望を得て徳川家の権力の中枢にいた正信ですが
領地は相模玉縄の2万2千石だけだったといいます。

 

本多忠勝が10万石、井伊直政が30万石ですから、いかに少ないかおわかりですよね。

 

後を継いだ正純にも、3万石以上の加増は受けないよう明言していたといいます。

力を持っても欲をかかない。

どこまでも、分相応をわきまえ、足るを知る人だったのでしょう。

これも不遇時代得た人生哲学なのでしょう。

 

 

おんな城主直虎41話「この玄関の片隅で」のあらすじ(ネタバレ)

万千代(菅田将暉)が家康の小姓に上がるためには
草履番の後釜を育てなければなりません。

そこへ送られてきた人物は、謎の中年男(六角精児)

何とか早く一人前の草履番に育てたい万千代ですがこのノブ、なんともノロマ。

ところが、ノブの顔を見た他の武将たちは揃ってギョッとした表情を見せます。

それに気づいたのは、万福(亥之助/井上脇 海(いのわきかい))です。

関連記事⇒亥之助(小野朝之)は政次処刑後どうなる?直虎【大河】のキャストもご紹介

 

一方の井伊家では、虎松が松下家を去ったために
後継を探しているところでした。

そこで白羽の矢が刺さったのが中野直久でした。
話は直ぐにまとまります。

また、六左衛門(田中美央)が井伊谷に戻りたいと言いだします。

直虎は、直久の松下家への養子縁組と
六左衛門の帰還を近藤康用(橋本じゅん)に願い出ます。

 

 

そして、万千代の元では事件が勃発します。

あの、普段穏やかな本多忠勝(高嶋政宏)が
ノブを背後から締め上げ
大声を出し刀まで抜こうとしているではありませんか!

「この恥知らず!」と罵り激昂する忠勝を榊原康政(尾美としのり)が慌ててとりなします。

 

榊原康政が言うには、ノブは三河の一向一揆で
家康を裏切り他国に逃げたのだと言います。

 

何ゆえ、そのような人物を自分の元に寄越したのかという万千代に
殿の御差配じゃと言い、その場を立ち去る榊原康政でした。

 

 

この頃、また戦が始まろうとしていました。

武田信玄亡き後、喪に服していた武田勝頼が出兵を始めたのでした。

長篠の戦いです。

そしてこの時、万千代はノブから貴重な情報を得ます。
同盟している織田家から徳川が命じられたことは、三千本の丸太の調達だというのです。

 

 

ピッキーン!

これを聞いた万千代は閃きます。

 

以前井伊家で材木を商っていたことを思い出したのです。
万千代はさっそく、家康に目通りを願い出ます。

 

そして、材木の件を話し、その調達を井伊家に任せて欲しいと願い出ます。

代りに初陣を飾らせてほしいと願う万千代でした。

万千代は、このことを南渓和尚に書状で伝えて来ます。

この書状を読んだ直虎(柴咲コウ)は、
すでに井伊谷は近藤康用が所領しているのにとため息をつき
家康に材木の件は近藤康用に申し付けるようにと書状を送ったのでした。

 

家康が材木の調達を命じたのは近藤康用で
結局、万千代の初陣は叶うことがありませんでした。

 

 

Sponsored Link

 

まとめ

おんな城主直虎41話では、
井伊万千代とノブこと本多正信との出会いが描かれていきます。

今は裏切り者とののしられ
不遇を囲っている正信ですですが後には徳川幕府の老中になります。

それと同時に、万千代のまだまだ未熟で危うい
けれども若者らしい熱心さが描かれていきます。

そ知らぬふりをして、万千代に失態を起こさせないように計らう直虎でした。

しかし、その行動を素直に受け取ることができない万千代・直政なのでした。

まだまだ、大戦が続くこの時代。

井伊家を再興したのは良いけれど、
守り抜くことの大変さを味あわなければなりませんね、万千代は!

では、本日も最後までお読みいただき有難うございました。

Sponsored Link

Sponsored Link

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ