おんな城主直虎13話ネタバレ&あらすじ「城主はつらいよ」!瀬戸方久(ムロツヨシ)食えぬ男!

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おんな城主直虎13話のネタバレを含むあらすじをお伝え致します。

意を決して城主の座に座った直虎。
なのに、さっそく「城主はつらいよ!」です。

これまで龍潭寺で生活してきた次郎には
勝手がわからないことばかりでしょう。

いきなり難題続出!
そして、どこかで見た人・瀬戸方久(ムロツヨシ)!
どんな展開になるのでしょう!!

前回12話をお見逃しの方はこちらです。
      ↓
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おんな城主直虎13話「城主はつらいよ!」のあらすじ(ネタバレ含む)

城主はつらいよ!

「これより井伊は、われが治めるところとなる!」

前回12話でさっそうと登場した
おんな城主直虎(柴咲コウ)でした。

しかし、試練はさっそく怒涛の如く
直虎に襲い掛かります。

「おなごに井伊を任せるなど!」

「十の頃から寺暮しのおなごに、政ができるとは思えぬ!」

挙句のサンパチ政次(高橋一生)は、
「どれほどの覚悟がおありか・・・。」
そして、馬鹿丁寧な口調で
「家老として誠心誠意、直虎様にお仕えいたしまする。」

 

出発点からこれでは四面楚歌(周りが敵だらけ)

あ、味方がいました!

南渓和尚(小林薫)。
いつでも頼りになります。

 

政など何の知識もない直虎に、
1冊の書物を手渡します。

それは、今川仮名目録

関連記事⇒今川仮名目録とは?氏親が制定した33ヶ条の家法の意味と寿桂尼との関わり!

33ヶ条からなる分国法は、
家臣の統制から、喧嘩の成敗
はたまた米や金の貸借まで、細かく定められています。

ざっと目を通して、理解できる代物ではありません!(笑)

昔の人って凄い!

 

 

すると翌日、政次が大量の書類を家人に持たせ
直虎を訪ねます。

安堵状・検地控え・証文類・・・

どさり、どさりと書類の山が!

城主はつらいよ!

これみんな読むのか・・・。

 

 

 

徳政令、安請け合いしていいの?

ある日、領主が代替わりしたと聞き、
直虎の元へ瀬戸村の百姓・甚兵衛(山本學)が訪れます。

瀬戸村まで足を運んだ直虎は、
度重なる戦で、荒れ地となった田畑を見せられます。

そして、年貢と領主への返済、
二重に債務を追っている窮状を聞き
甚兵衛の頼みの徳政令を引き受けます。

徳政令を発令すれば、借金を返済しなくても良くなります。

しかし、これを引き受けると
井伊家はたちまち立ち行かなくなることを
直虎はまだ知らなかったのです!

 

 

井伊家には、銭主(高利貸し)
瀬戸方久(ムロツヨシ)の名が
記された、証文の束があったのです。

百姓の甚平も、銭主の名を瀬戸方久と言っていました!

 

 

あばら家の男!?瀬戸方久(ムロツヨシ)との再会

そんな時です!
噂をすれば、瀬戸方久!

 

領主が代わったと聞き、祝いに来たのでした。

「面を上げよ~~!」

あれ!?どこかで会ったような?

そうです、あばら家の男、です。

亀之丞を追って家出をしたとき
泊めてくれてけれど、その後
井伊の姫と知り、家に付きだした、
ボロボロの男です!

あの時の礼にと、千賀(財前直見)から
渡された銭で商売を始め、
あれよあれよという間に大金持ちになっていたのです。

 

 

井伊家の財政はすでに破たん状態。

 

そんな時にあちこちの村の百姓たちが
徳政令の噂を聞きつけ、自分の村にも
徳政令を、と直虎に迫って来ました!

 

しかし、直虎は閃きます!

瀬戸方久を家臣とし、
瀬戸と岩井田の両村を所領として与える。

そうすれば、方久には年貢が入る。

百姓は猶予期間が明けるまで年貢のみ治めればよいことになる。

 

 

こうすれば、方久も損はしないし、
百姓たちも二重の債務から解放されます。

さらに、方久に新しい商いを起こさせ
百姓たちの面倒を見させることを提案します。

 

 

南渓和尚の賛同も取り付け、
ことが納まりかけたその時、
驚きの報告が!

 

なんと、瀬戸村と祝田村の百姓たちが
徳政令を出すよう、今川に願い出たというのです!

 

さあ、また危機到来です!
城主はつらいよ!

 

 

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瀬戸方久ってどんな人?以外に食えぬ男!

瀬戸方久は新田義貞の一族、新田四郎義一の後裔といわれています。

新田義貞といえば、南北朝時代の英雄ではありませんか!?
新田義貞については、本記事では触れませんm(__)m

でもこの瀬戸方久、以外に食えないお方です!

その時々の情勢により、
井伊家から今川家、徳川家と
主家を転々と変えています。

私は、抜け目がなくて良いな~と思います(笑)。

武士というより、商売人という感じで。

 

まず、永禄9年。
今川家から徳政令を出すよう命じられた
井伊直虎は、これを引き延ばす作戦に出ます。

引き延ばしている間に
瀬戸方久は今川氏真に近付いています。

堀川城の普請や軍資調達を請け負い、
代わりに自身の家屋敷・田畑を
徳政令の対象外にする安堵状を貰っています。

 

でも、このことで井伊家も助かったのですから良しでしょう。

そして、永禄11年徳政令が実施されますが、
その時には堀川城の城主となっています。

この時に瀬戸から新田へ、
姓を改めています。

 

永禄12年(1569年)、
徳川家康が遠江に侵攻してくると
これに協力します。

その時々で、力のある方、
儲けになる方を選んで帰順しています。

やはり、食えない男です!

でも、先を観る眼が有るということでしょう。

 

徳川家康は後の天下人ですから
上手くいけば、出世も叶ったでしょうけど。

なかなか世の中上手くいきませんね。

家康に帰順することを
良しとしない武将がいたのです。

これら反発した武将から逃れるため
方久は慰ヶ峰の山中に庵を結び籠ります。

その後、呉石で余生を過ごすも、
村を代表して訴状を書いたことから
慶長11年(1606年)処刑されてしまいます。

養子を育てていましたが、
毒殺されています。

 

晩年は、今一つですね。

生れが大永5年(1525年)
亡くなったのが慶長11年8月15日(1606年9月17日)
なので、享年81歳ですね。

この時代の方にしては長命ですよね。

まとめ

城主になったはいいけれど、
直虎にはわからないことが多すぎました!

南渓和尚から、今川仮名目録を手渡され
なんとか政を理解しようと頑張ります。

政次は、山のような書類を運んでくるし
百姓は、借金を棒引きにして欲しいと
徳政令の発布を願い出て来ます。

 

そんな時に、いつぞやのあばら家の男
瀬戸方久が訪ねて来ます。

井伊家も百姓衆も、
銭主・瀬戸方久に多額の借金がありました。

井伊家の財政は破綻寸前。
こんな時に徳政令を出すなどありえません。

そんな時、名案が浮かびますが
百姓たちがこともあろうに
今川へ徳政令の発布を願い出たという
報告が来たのでした。

 

久々に再会した瀬戸方久。
あばら家にいた男とはおもえない、こざっぱりした感じ。

以外に食えない男で、
井伊直虎の後は、
今川氏真、徳川家康と主家を変えています。

非業な最期を遂げますが
81年を精一杯生き抜いたといえるのでは
ないでしょうか。

では本日も最後までお読みいただき有難うございました!

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