真田幸昌(大助)最期まで幸村と運命を共に!真田丸のキャストは浦上晟周!

真田幸昌(さなだゆきまさ)は、通称・大助と呼ばれ

父は真田信繁(幸村)、母は竹林院(大谷吉継の娘)です。

sanadamaruyukimasadaisuke

 

兄弟の中で唯一人、父と運命を共にした幸村の嫡男です。

大阪城落城の折には、落ち延びることもできたでしょうに、最期まで父の命に殉じます。

まだ、13歳とも16歳ともいわれています。

 

真田幸昌(大助)とっての初陣・大阪の陣での活躍ぶりや最期の様子、

大河ドラマ真田丸で真田幸昌(大助)のキャストに決まった浦上晟周さんについてまとめま した。

 

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真田幸昌(大助)最期まで幸村と運命を共にした嫡男!

真田昌幸の生年は諸説ある

生年は諸説あります。

慶長6年7月24日(1601年8月22日)、

慶長5年(1600年)、

慶長7年(1602年)

慶長8年(1603年)

亡くなった年が慶長20年5月8日(1615年6月4日)です。

いずれにしても、十代前半です。

 

 

真田幸昌(ゆきまさ)と命名されていますが、

祖父・真田昌幸の名を逆さにしたものですよね!

通称が大助で、我々には真田大助の方が耳馴染みがあります。

 

真田幸昌(大助)は、父・信繁(幸村)が

紀州・九度山に蟄居中に生まれた子供です。

 

慶長19年(1614年)、父・信繁(幸村)と共に大阪城に入城します。

 

 

大阪夏の陣、初陣・真田幸昌(大助)の活躍!

大阪冬の陣が講和となり、一時的な和平が訪れますが、

それもつかの間。

慶長20年(1615年)再び徳川と豊富は手切れとなります。

大阪夏の陣の勃発です。

 

堀を埋め尽くされ、裸城となった大阪城。

真田信繁(幸村)たち、大阪城内の将兵は、いよいよ野戦へ打って出ることになりました。

真田幸昌(大助)は、なぜ最期まで父とともに戦わず、大阪城に戻ったのか!?

これにも諸説あります。

恐らく、真田幸昌(大助)としては、

最期の最期まで父と共に戦いたかったに違いありません。

 

 

しかし、そうはできない父・信繁(幸村)のこの戦に賭ける想いがあったのです。

 

一つは、

「秀頼公の御出陣を促すこと。」

信繁(幸村)としては、

かつての主君・天下人であった豊臣秀吉の遺児としての誇りを見せてほしかったでしょう。

豊臣秀吉の旗印は、総金だっといわれています。

いかにも派手好みな秀吉らしい旗印です。

例え敗北の将となったとしても、

大阪城を守るため、秀吉の遺児・秀頼が出馬するとなると、

豊臣恩顧の大名たちの動揺はいかばかりか!

 

 

 

二つ目は、

「豊臣秀頼が、徳川方に和議を申し入れようとしている」

という噂が流れていたためです。

真田信繁(幸村)は、これを阻止すべく、

嫡男・真田幸昌(大助)を、再び大阪城へ戻したという説です。

 

いよいよ敗戦が濃厚となってからの

和議がどういうものであるか・・・。

武田家や北条家の滅亡を目の当たりにしてきた信繁(幸村)にはわかり過ぎていました。

 

三つ目は

自分(信繁/幸村)に代わり、秀頼公の最期を見届けよ。

大阪落城が濃厚となってきたため、

信繁(幸村)は、秀頼公の最期を見届けたなら、

真田幸昌(大助)も自刃するように命じていた、とうものです。

 

 

四つ目は

真田幸昌(大助)は、道明寺の戦いで敵の首を取るなど戦功を上げました。

しかし、その時に太ももに手傷を負っていたため、一旦大阪城へ戻るように命じた。

 

 

 

様々な説がありますが、このどれもが真実のような気がしませんか?

 

 

大阪夏の陣は、裸城同然となった大阪城を守る戦い。

劣勢は誰の目にも明らかです。

 

そのような中、信繁(幸村)達は、

徳川・豊富の最後の決戦を仕掛けに行っているのですから。

できれば、秀頼公ご出馬は、悲願だったでしょう。

それに、今更和議などされては、たまったものではありません。

ましてや、秀頼公が敵方に捉えられるなど、あってはならないのです!

 

生きるか、死ぬか、乾坤一擲!

最期の命の花を咲かせようとしていたのですから!

 

このような、父・信繁(幸村)の最期の命令を真摯に受け止め、守った幸昌(大助)でした 。

 

 

真田幸昌(大助)、さすが信繁(幸村)の嫡男といわれるほどの最期!

最期はさすが武士の子、真田の血を受け継ぐ子でした。

まだ幼い幸昌(大助)をみて、

速水守久ら城内の将が大阪城からの脱出を勧めます。

 

 

しかし、母・竹林院からは、

「父とともに、最期まで生死を共にしなさい」

といわれて、大阪城に入った真田幸昌(大助)です。

 

 

「我は、真田左衛門佐信繁の倅なり」

こう叫ぶと、加藤弥平太に介錯させ、切腹して果てたといいます。

 
もう一つの説は、加藤弥平太と刺し違えた、というものです。

 

また、別の説では、豊臣秀頼が

加藤弥平太と武田左右吉が介錯をするように定めた、と記されています。

 

いずれにしろ、まだ幼く、

豊臣家に恩顧があるわけではない真田幸昌(大助)の殉死は、それだけで人々の胸を打ちま す。

 

享年は、13歳~16歳です。

 

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真田幸昌(大助)の墓所

真田幸昌(大助)の墓所は、和歌山県九度山町の善名称院(ぜんみょうしょういん)にあり ます。

真言宗の寺院で、祖父・真田昌幸や家臣の墓碑もあるということです。

その他、大阪城内にも碑があります。

淀殿茶々様と秀頼公自害の地に建てられた地蔵菩薩の前に、

淀殿茶々様、秀頼公、大野治長の名とともに

真田幸昌(大助)の名も刻まれているそうです。

 

関連記事⇒淀殿茶々様の生涯と性格は?北政所との関係や秀頼の父親が誰か考察した!

 

 

真田幸昌(大助)に子孫はいたのか?

残念ながら、真田幸昌(大助)に

妻がいたという史料はなく、したがって子孫もいないようです。

 

なので、真田信繁(幸村)の嫡男の血脈は幸昌(大助)で終わります。

 

でも、信繁の血脈は残るのですよね~~!

このことに関しては、また別記事でお伝えいたします。

 

 

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NHK大河ドラマ「真田丸」で、真田幸昌(大助)のキャストは浦上 晟周!

真田幸昌(大助)を大河ドラマ「真田丸」で演じるのは浦上晟周(うらがみ せいしゅう) さんです。

 

 

 

sanadadaisuke

 

お誕生日が1999年11月23日ですから、もうすぐ17歳ですね!

当時の真田幸昌(大助)と同年代です。

眼力があって、いい感じではありませんか!!

 

 

 

 

 

 

出身地は東京都です。

通っている高校名まではわかりませんでしたが、

芸能活動と学業を両立させるためには、

堀越が日出高校でしょうか?

 

曖昧な情報しかなくてすみません。m(_ _)m

 

 

 

身長は157㎝と書かれていましたが、

現在は160㎝を超えているそうで、まだ成長期なのですよね!

 

血液型はA型で、趣味は読書とイラスト作成!

 

なんだか少し、物静か!?

そうです、性格はとっても真面目で礼儀正しいようです!

その根拠は、このツイッターの内容と共演者のコメントです!

 

浦上晟周さんが、中学2年生の頃出演していた「家族ゲーム」で

櫻井翔さんと共演していたのですが、

「春休みの宿題もしっかりと終わらせて、セリフもきちんと頭に入れている!」

と、絶賛!

 

なんだか、とっても真面目で礼儀正しい若者だという印象ですよね!

 

父の命に従い、秀頼公に殉じて、見事な最期を遂げた真田幸昌(大助)にピッタリではないですか!

 

それと、可愛い動画がありましたので、掲載します!

ピヨ~ん、が可愛い二人!

 

 

 

まとめ

真田幸昌(大助)は、

父・真田信繁(幸村)、母・竹林院(大谷吉継の娘)の間に生まれました。

 

信繁が紀州・九度山で蟄居の身となっている時に生まれた嫡男です。

 

名は、祖父・昌幸の名を逆さまにして、幸昌。

大助は通称です。

 

生年は、慶長5年~慶長8年まで諸説あり

そのため、没年齢も13歳~16歳と開きがあります。

 

 

にしても、驚きですよね!

幼すぎる!

それなのに、さすが真田信繁の嫡男!

最期は見事だったようで、美談として語り継がれています!

 

 

真田幸昌(大助)は、父・信繁(幸村)と共に

大阪城に入城し、戦功をあげます。

 

 

しかし、最期は父の命を受け、再び大阪城内に入り、

脱出を勧められますが、これを拒否。

 

「我は、真田左衛門佐信繁の倅なり」

という言葉を残して自害します。

 

 

九度山にも墓所があり、最期の地・大阪城内にも

淀殿茶々様や秀頼公の名とともに、真田幸昌(大助)の名が記された碑があります。

 

NHK大河ドラマ「真田丸」で、

真田幸昌(大助)のキャストは浦上晟周さんです。

 

同年代で、真面目で礼儀正しいところが、真田幸昌(大助)を演じるのにぴったりですね!

今後が楽しみな俳優さんです!

では、本日も最後までお読みいただき有難うございました!

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