出浦昌介は信義を重んじる透破の長。真田丸のキャスト寺島進がカッコいい!

NHK大河ドラマ「真田丸」における

出浦昌相様(寺島進)が、ますますカッコいい!

よくもあんな雰囲気ピッタンコの俳優さんを見つけ出すこと! 

タイトル表記で、『出浦昌相』を『出浦昌介』と誤表記しております!

 出浦ファンの皆様、サイトをご訪問くださった皆様大変申し訳ありません!!

 記事上でお詫び申し上げます。

 

sanadamaruideurakakkoii

ところで、出浦昌相様、

ドラマ「真田丸」でもカッコいいけど、

実際に史料に残っているエピソード

相当カッコいいです。

 

 

本日は、中盤に差し掛かった真田丸で

異彩を放つ出浦昌相様の生涯

信義を重んじる人となりを彷彿とさせるエピソードを記します。

 

そして、大河ドラマ「真田丸」でのキャスト

寺島進さんについてもまとめました。

 

 

Sponcored Link

 

 

出浦昌相の生涯

 

 

出浦昌相は、出浦盛清ともいいます。

真田丸では、「昌相」を採用しています。

 

生まれは、信濃の埴科郡坂城町出浦です。

元は村上氏の一族で出浦清種の次男とされています。

 

 

村上義清が武田信玄に敗れ、

越後へ逃れたときに武田家に臣従します。

 

そして、甲州透破(こうしゅう すっぱ)

いわゆる、武田家専属の忍者部隊を統率する長となります。

 

 

武田が滅亡すると、織田信長の家臣・森長可に族します。

織田信長が本能寺の変で横死した後、

天正11年(1583年)から、真田昌幸・信幸に仕えます。

 

 

このあたりは、大河ドラマ「真田丸」でも

詳細に描かれていましたよね。

 

 

真田昌幸の戦略家ぶりに惚れこみ、

出浦昌相が家臣になりました。

 

以後、昌幸の影になり、日向になり、

それこそ命を捨てて信義を守っています。

関連記事⇒真田丸29話「異変」感想まとめ!吉野太夫が、えっ!?30話でどうなるのww

出浦昌相は、小県郡に30貫文を領し、

吾妻奉行を拝命します。

 

戦国時代まっさかりで、戦に次ぐ戦。

出浦昌相も真田昌幸と共に転戦しています。

 

天正18年(1590年)6月

豊臣秀吉の関東平定(北条討伐)では、

真田軍として、忍城攻めでも活躍します。

関連記事⇒忍城(のぼうの城)の攻防と成田長親の生涯!石田三成のしくじりに秀吉激怒

 

真田信幸が藩主となった松代藩では

透破(忍者)の長(おさ)になり、

武者奉行にもなります。

元和9年(1623年)78歳で死去しています。

享年78歳

この時代の方としては、結構長生きされています。

 

子の出浦幸吉は、真田信幸の元、

松代藩の家老を務めるほどだったそうです。

 

 

出浦昌相の人柄がよく現れたエピソード!

エピソード1

○出浦昌相は、武田が滅んだ後は織田信長の家臣・森長可に仕えます。

 しかし、本能寺の変で信長が倒れたため、長可は海津城から撤退を図ります。

 その時、長可配下の信濃国衆達は殆どが長可を裏切りましたが、昌相は撤退を助けます。

 長可は、これに深く感謝し自身の脇差を別れ際に昌相に渡したといいます。

 

 

何だか感動しますよね。

大河ドラマ「真田丸」でも、三谷幸喜さんは

出浦昌相にこのようなセリフを言わせています。

 

 「一度家臣となったからには、最後まで尽くすのが我らの流儀。

  乱世なればこそ、我らの流儀に値打が出る。

  透破は戦では死なぬ。

  透破が死ぬときは信用を失ったとき。」

 

どうやら出浦昌相は、

この言葉通りの生き方を貫いた人物だったようです。

だからこそ、‟表裏比興の者”といわれた

真田昌幸も、出浦昌相を信じ、重用したのでしょう。

 

 

エピソード2

○敵城へ配下の透破を忍び込ませるときに、まず先に自分が入って偵察することもあったそうす。

 そして、配下の報告をきき、どの程度正確に偵察できたかを確認したといいます。

なかなか、厳しい長(おさ)ですね!

部下としては、かなりやりにくいタイプ。

ごまかしがききません。

でも、一生懸命に働く者にとっては、逆に良い上司ですよね。

仕事をきちんと評価してくれそう!

 

 

出浦昌相のキャスト寺島進(てらじま すすむ)さんがカッコいい!

1963年11月12日生まれ。

東京都江東区出身です。

実家は深川の畳屋さんだそうです!

怖い表情をしても、何となく暖かみがあるのは、

下町の人情を感じさせるからでしょうか。

 

 

高校卒業後に三船芸出学院で殺陣(たて)

学び、宇仁貫蔵(うにかんぞう)さんに師事したそうです。

 

宇仁貫蔵さんは、剣道2段、居合道2段の腕前です!

 

やはり、あの立ち回りのカッコ良さは、

付け焼刃ではなかったのですね!

デビューは、松田優作監督作品『ア・ホーマンス』

今でも松田優作さんとの絆を大切にされていて、

松田優作さんの次男・松田翔太さんを

飲みに誘ったりするそうです!

 

 

なんだか、出浦昌相の人柄と、

イメージがだぶりますね!

 

信義に厚くて、人情味がある。

 

 

でも、知名度が上がったのは

2005年頃からTVに出演するようになってからですよね。

 

それまでは、ウェスタン村で、「アラン・ドロンコ」

という名前でバイトしていたらしいです。

面白いですね!

 

プライベートでは、

2009年11月30日に

一般女性とご結婚され、一男・一女

良きパパでもあります。

 

かなり年の差婚です!

寺島進さんが、今年のお誕生日で53歳。

奥様は、35歳。(若い!!)

でも、今どき珍しくもないですかね。

 

物凄く、お子さんを可愛がっているようで、

真田丸の出浦昌相を観て、

「出浦、カッコいい!」

って言ってもらえることが自信になるそうです。

本当にカッコいいですものね。

こんな風に演じて貰って、

出浦昌相も喜んでいますね、きっと。

 

他の俳優さんでは、この雰囲気は醸し出せないでしょう!

 

まとめ

 

出浦昌相は、元々信濃の豪族でしたが、

武田家に臣従します。

甲州透破を束ねる長として活躍します。

しかし、武田家が滅んだため、

織田信長の家臣・森長可に仕えます。

 

 

しかし、またもや織田家が滅び、

森長可が撤退を余儀なくされます。

 

その時、信濃の国衆のほとんどが

森長可を裏切ったのに対し、

出浦昌相は、最後まで主を裏切りませんでした。

 

 

その信念は、昌幸に仕えるようになってからも

貫き通し、透破軍団を率いて、長として活躍します。

 

真田信幸にも仕え、武者奉行になります。

息子の幸吉は、松代藩の家老にまでなります。

 

俳優・寺島進さんは、若き頃

殺陣師の下で修業し、映画を中心に活躍されていました。

 

松田優作さんに恩義を感じていて、

優作さんの子供さんと、今でも交流があるそうです。

 

 

出浦同様、寺島進さんもカッコいいです。

TV出演されるようになってから、人気を博し

「アンフェア」など、数々のドラマで活躍しています。

 

 

プライベートでは、18歳差の奥様と、

一男一女がおられます。

御家族に

「出浦、かっこいい!」

と言ってもらうことが、自信になっているそうです!

 

 

 

さて、真田丸31話では、

徳川四天王と謳われた、本多忠勝(藤岡弘)と

一騎打ちしますね!

関連記事⇒真田丸31話ネタバレ&あらすじ!秀吉の「終焉」と昌相、忠勝の一騎打ち!

またまた、カッコいいお姿を拝見できますね!

 

楽しみです。

では、本日も最後までお読みいただいてありがとうございました!

Sponsored Link

Sponsored Link

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ