真田幸村の初恋の人・梅とは?最初の子・阿菊の生涯はどうなったのか!

梅は真田家家臣・堀田作兵衛の娘とされていますが

NHK大河ドラマ「真田丸」では、

堀田作兵衛の妹・梅として描かれています。

でも、堀田作兵衛の息子も

堀田作兵衛と名乗っていますので、

ややこしいですね。

sanadamaru9waume

http://www.sanspo.com/geino/news/20160104/geo16010…

いずれにしろ、信繁(幸村)の最初の子

産んだのは、この梅さんです。

 

ドラマ「真田丸」では、

長澤まさみさんが演じる

「きり」とは対照的に、

口数が少なく、芯が強い女性。

 

信繁(幸村)にとっては

癒し系ですよね。

 

本日は、真田信繁(幸村)の初恋の人・梅と

梅が産んだ女の子・阿菊の生涯について書いていきます。

 

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梅は早死に!?

 

黒木華(くろき はる)さんが演じる、

真田信繁の初恋の人・梅さん。

清潔感があって、とっても可愛らしいですよね!

この、梅さんが産んだのは、女子一人です。

正室や他の側室がたくさん子供を産んで

いますので、もしかしたら、

早く亡くなったのかもしれませんね。

 

あまり資料が残っていないようです。

NHK大河ドラマ「真田丸」でも、

早く亡くなってしまうようです。

 

 

梅さんが産んだ、幸村の長女は、

阿菊(おきく・すへ)と名づけられます。

 

 

阿菊の生涯はどうなったの?

 

関ヶ原の合戦で、西軍に味方し

敗れた幸村が、

紀州・九度山に蟄居するときには、

堀田作兵衛が養女として引き取って

育てたとされています。

 

しかし、この作兵衛は、

幸村が大坂の陣で大阪城に入城すると、

阿菊を信濃国長窪宿の石合重定に

嫁がせます。

 

 

そして、信濃からの兵49名と共に

義兄・信繁(幸村)が居る、

大阪城に入ります。

堀田作兵衛は最期まで幸村と共に戦い、

大阪夏の陣で、討ち死にした

と言われています。

 

 

堀田作兵衛の長男は

この時まだ乳飲み子でしたが、

養女にした幸村の長女・阿菊と

石合重定夫婦に預けたため、

大坂の陣以後も刑を免れています。

 

 

なので、阿菊(すへ)は、

叔父である堀田作兵衛に育てられ、

その後、石合重定に嫁ぎます。

 

そして、大阪夏の陣で、養父の堀田作兵衛も

実父の真田幸村も討ち死にしたのちは、

叔父の子供を引き取って育てたようですね。

 

命が助かったのは、

きっと、幸村の兄・信幸の

尽力でしょうね。

 

資料に残る、阿菊(すへ)への幸村の思い

 

実父・真田幸村は

大阪夏の陣の間、慶長20(1615)年

2月10日に、阿菊(すへ)の夫・石合重定に

手紙を出しています。

内容は、

「すへのこと、心にかなわぬ者であっても、

 御見捨てなきようお願いいたします。」

と、手紙の返書を送っています。

大阪冬の陣が終わって、

夏の陣では、ほぼ大坂方は

進退窮まった状態だったでしょうから、

この手紙は、死を覚悟したうえでの

幸村の阿菊(すへ)に対する

父親としての心情でしょうね。

 

 

阿菊(すへ)の享年は不明

阿菊の没年は、1642年ということですが、

享年は不詳です。

 

もし、ドラマ通りであったなら、

天正13(1585)年に、

徳川との戦・上田合戦がありますから、

その頃に産まれたとしたら、

享年は57歳くらいでしょうか。

 

この時代の方としては、

まずまずの年齢ですよね。

こんな、何百年後にも

話題にされるなんて、

お墓の中で、父親の事を誇らしく

思っていることでしょうね。

 

 

では、最期までご覧いただき

ありがとうございました。

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