真田丸8話「調略」のあらすじとネタバレ!春日信達、一族滅亡の悲惨な最期!

真田丸8話は、「調略」です。

真田昌幸は、北条と上杉を手玉に取って、

転がすつもりです!

 

sanadamaru8wataitoruyou

http://www.city.takahashi.okayama.jp/site/bichu-ma…

そして今回の調略で、

真田信繁(幸村)が、

調略デビューします。

 

 

この調略を足掛かりに、

昌幸の壮大な物語

「信濃に真田あり」

序章の幕開けとなります!

 

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北条家の越後への進軍は止まりません。

この進軍を見て、徳川家康は、

甲斐・武田家旧領に触手を伸ばします。

これに、上杉が派兵し、

信濃は戦国大名上杉・北条・徳川の

三つ巴状態です!

春日信達のアキレス腱は、‟海津城”

真田昌幸は、表向きは上杉に付き、

裏では北条に付こうと画策しています。

真田家を他の国衆より格上に

取り立てられるように、

北条家へ服従する手土産が必要でした。

 

 

そこで昌幸が目をつけたのが、

春日虎綱(かすがとらつな)の息子、

春日信達(前川 泰之)です。

 

春日信達を演じる前川泰之さんです。

メチャ、男前です!

sanadamarukasuganobutatu

http://netallica.yahoo.co.jp/news/20160226-2592292…

武田家重臣の一人、海津城主であった

春日虎綱は、高坂弾正(こうさか だんじょう)

の名で知られていますね。

 

この、虎綱の息子・春日信達を調略しようと、

昌幸は弟・信尹と、息子・信繁(幸村)

上杉へ送り出します。

 

 

海津城主・春日虎綱の息子・信達は、

武田が滅び、その後仕えた織田も

信濃から撤退し、寄る辺を無くして

いたところを、上杉に助けられたのでした。

 

 

当然、上杉家に恩義は感じていますが、

元々、海津城主であったのですから

一家臣の身であることには、

不満を抱いていました。

 

信達にとって、海津城は

思い入れの深い城、

つまりこれがアキレス腱でした。

 

 

信繁(幸村)調略の手腕は?

まず、手始めに信繁が、春日信達の

調略を試みます。

 

信繁は、信達を上杉家から北条家へ

寝返らせるために、

理詰めで相手を口説こうとします。

 

 

武田信玄公から受けた恩義は、

上杉家から受けた恩よりも重いはず。

しかも、北条氏直は、武田信玄の

孫であることを語り、

上杉家は、地の利がある信達を、

敵の目前にコマとして

置いているだけだと説得します。

 

ところが、信達は

「二度とわしの前で

 この話をするな。」

と言い、不機嫌そうに立ち去ってしまいます。

このようにして、

 

信繁の調略デビューは、

失敗に終わります。

ま、野球で言えば高卒ルーキーの

デビュー戦みたいなものですから、

厳しいプロの洗礼を受けた、

というところでしょうか。

そこで、信尹が言います。

「人は理屈で固められると、

 むしろ心を閉ざす。

 焦りは禁物じゃ。

 ゆっくり次の手を考えよう。」

北条氏直という男~わかりやす過ぎ!

 
信尹と信繁が、春日信達の

調略に手を焼いている頃、

真田昌幸は調略の結果を待たずして、

北条家へ向かいます。

 

 

北条家は、戦支度を整え次第、

軍を進めるために、

小諸城に入っているのでした。

戦が始まってしまっては、

昌幸の画策は何もかも

台無しになってしまいます。

 

北条家の家臣が居並ぶ大広間で

昌幸は北条氏直と対面します。

 

 

氏直は、昌幸に対し

「遅い!」

と一喝します。

これに対し昌幸は、

「敵方の武将、海津城を守る

 春日信達をお味方に引き入れ申した。」

と言います。

しかし、氏直は、

「北条を侮るか!春日ごときの

 力を借りずとも、上杉を蹴散らすだけの力を

 我らは持っておるわ!そのような土産は

 要らぬわ!」

と言い、昌幸の調略を全く評価しません。

 

 

そこへ、氏直の父、氏政がやって来ます。

 

さっそく挨拶をする昌幸に対し、

氏政は最大級の褒め言葉を述べます。

 

「武田にその人ありと謳われた、

 真田安房守殿か・・・。

 皆の者、真田殿が加勢して下さるぞ。

 百万の見方を得たも同じじゃ。」

さらに氏政は、春日信達に

海津城を与えることを約束し

書状を書くことも承諾します。

 

 

これで、昌幸の方は準備万端

整いました。

 

 

氏直の人となりも見て取った

昌幸は、

「扱いやすい男」

と評価するのでした。

 

後は、信尹と信繁の結果次第です。

 

昌幸・信尹の計略は成功?

信尹と信繁は、春日信達の調略を

急ぎます。

北条氏直の花押が押された

起請文を見せ、

 

「上杉の元では、いかに働いても

 城代止まり。北条を勝利に導いて

 父上の海津城を取り戻せ。

 父上もそれをお望みのはずじゃ。」

これで、信達は真田の調略にはまります。

 

油断した姿を見て取って、

なんと、信尹は、信達を小刀で

刺殺します。

 

そして、上杉景勝と直江兼続を呼び、

信達の行動が不審であったため

問い詰めたところ、切りかかって来たため

やむなく成敗したと言います。

 

信達の手には、裏切りを証拠つける

北条氏直の起請文が握られています。

 

そうです。

昌幸と信尹は、信達を裏切りものに

仕立て上げ、その上で始末したのでした!

 

少し、グロい?

ちょっと、昌幸を嫌いになった?

 

でも、これは真田昌幸の父・信綱が

孫の信繁に言った言葉です。

恐らくこの言葉は、子である

昌幸にも、伝えられていたはずです。

 

信綱の訓育

人は利欲で動く。利欲のためなら

忠義も忘れ、死の危険も見えなくなる。

力の弱いものが強い相手に勝つためには

相手の欲望のありかを冷静に見極め、

それを利用して、こちらの思い通りに

相手を動かすしかない。

戦は騙し合いじゃ。

うかつに人を信じるな。

まさに、この薫陶通りに、

昌幸・信尹は、行動したのです。

この調略の結果、

信達は上杉の陣で、磔にされます。

これを見た北条氏直は、戦意を失います。

さらに、漁師に扮した佐助が、

氏直に、

「一万、二万ではきかない大軍を見た」

と伝えます。

 

 

昌幸と昌相が、上杉を討つ

好機と勧めますが、

持ち前のあまのじゃくが顔を出し、

戦わずして、信濃から撤退する

ことを決めます。

 

後に、北条早雲以来の名家

北条家は滅びますが、

真田家は、豊臣秀吉により

大名に取り立てられます。

人を見る眼、戦での機微。

やはり、お家存続のためには

厳しい策も時として必要のでは

ないかと思いますね。

 

 

信濃から北条も上杉も撤退!

春日信達と、北条軍で、上杉を

挟み撃ちにする策が失敗に終わった

北条氏直は、さっさと信濃を後にします。

 

 

一方の上杉も、

新発田重家(しばたしげいえ)の反乱

対処するため、越後に帰っていきます。

この様子を、甲府でじっと見ていた人物が・・・。

そうです、命からがら伊賀越えをし、

阿茶の局の膝に倒れこんだ

家康です。

 

家康の重臣・本田正信は

「真田安房守、己の兵を一兵も使わずに

 信濃から上杉も北条も

 追い出したことになりますな。」

真田昌幸、恐るべし、と

思ったに違いありません。

 

 

春日信達とは?一族滅亡の悲惨さ!!

たぶん、戦国一、悲惨な一族かもしれませんね。

勝頼の最期も切なかったですが、

こちらは、悲惨さを感じます。

真田丸8話では、真田昌幸と信尹が

謀略によりだまし討ちしたように

描かれますが、史実は少し違うようです。

三谷さんのオリジナルなのでしょうね。

 

戦国の厳しさが際立って、

ある意味、良いかもですね!

 

 

春日信達(かすが のぶたつ)は

春日虎綱(高坂弾正)の次男として生まれます。

春日虎綱は、1527年に百姓・春日大隅の

子として生まれます。

後に武田信玄の奥近習として召し抱えられ、

 

 

始めは使番として働き、1552年には

足軽大将となります。

さらに、1556年には、越後上杉氏に対する

最前線・海津領の守将を任されています。

 

 

百姓から取り立てられ、

城を任されるほどに出世するとは、

よほどの能力の高い方だったので

しょうね。

 

 

この虎綱の嫡男は、織田・徳川対

武田の決戦、長篠の戦いに出陣し

討ち死にしています。

 

そのため、次男の信達が、

跡目を継いだようです。

 

 

天正10(1582)年3月に武田家が

滅びてからは、森長可の支配を受けます。

ところが、6月に本能寺の変の後

美濃に撤退する森長可を妨害し、

越後の上杉景勝に服属します。

 

この時に、信達の嫡子は人質として

森長可に預けられていましたが、

殺されています。

ちなみに、森長可は、人質を皆殺し

しています。

人質を全員解放した、滝川一益とは、

大違いですね!

 

 

さらに、この後信達は、

北条と上杉が対峙すると、

真田昌幸や、北条氏直に

内通します。

 

 

これを知り、激怒した

上杉景勝から、信達は誅殺される

ことになります。

 

 

ここのところが、真田丸8話で

描かれているところですね!

これにより、春日家嫡流は

滅亡しています。

 

 

さらに18年後、慶長5(1600)年

初代川中島藩主として、北信濃に入った

森長可の弟、森忠正により、

一族全員が磔の刑に処されています。

 

長可が信濃を撤退するときに

妨害した罪を問うたものだそうですが、

何とも悲惨で、やりきれませんね。

 

だまし討ちもどうよ、って思いますけど

復讐はもっと嫌らしいですね。

 

 

でも、血筋ってどこかに残る

ものですね。

 

甲府待ち年寄りの山本金右衛門が、

信虎の子孫を称しているそうです。

 

まとめ

真田丸8話は、昌幸・信尹兄弟の

決死の覚悟での調略により、

信濃から、上杉・北条を追い払う

というストーリーでした。

 

 

少々後味の悪さは否めませんが、

これからの真田家には、

まだまだ、苦難の道が続くのです!!

 

苦境を苦境ともせず、

まるで楽しむかのように

戦国を泳いでいく真田丸!

来週も楽しみにしましょうね!

では、最後までご覧いただき

ありがとうございました。

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