とり『恭雲院』の生涯は?真田丸のキャスト草笛光子迫力の演技!

NHK大河ドラマ「真田丸」

“とり”を演じている

草笛光子さん、品があって

迫力があって、

本当に良い演技ですよね!

sanadamarutorikiji

http://busyo-sanada.blog.so-net.ne.jp/2016-01-10-2

脇役キャストが良いと、

ドラマが締まりますよね!

ほれぼれします!

草笛光子さんが演じる

迫力満点・胆力抜群の

ババ様・とり。

その生涯を垣間見たくなりました!

 

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とり『恭雲院』の生涯

 

「とり」は、川原隆正の妹で、

1522年生まれとされています。

嫁いだのは、真田幸綱(幸隆)。

 

真田幸綱は、武田信虎(武田信玄の父)が、

本拠とする信濃の小県郡真田郷に侵攻したため

一族もろとも上田に逃れます。

 

 

その後、武田信虎を追放し、家督を継いだ

武田信玄に仕えます。

 

真田幸綱が武田信玄に仕えたのが

1546年頃とされていますから、

とりの生年が間違いなければ、

24歳ですよね!

 

天文6(1537)年に、嫡男・信綱が

産まれていますから、

嫁いだのは、その前でしょう。

なので、真田幸綱が武田信玄に

仕える役10年も前、

幸綱が流浪の頃

嫁いでいたと思われます。

 

 

幸綱の苦労時代を支えた

賢夫人の姿が目に浮かびますね!

嫁いだ後は、川原殿、

幸綱の死後は恭雲院と呼ばれています。

 

 

幸綱は信玄に仕えたのち、

数々の戦功をあげたため、

恩賞として、

真田郷周辺に領地を賜ります。

 

 

そして、

信綱、昌輝、昌幸、信尹

4人の息子と、娘2人を産み、

立派に育て上げます。

 

昌幸は3男だったため、

甲斐の名門・武藤家に養子に

行きます。

ここで、武藤喜兵衛が誕生するのですよ!!

 

しかし、家督を継いだ長男の信綱と

次男の昌輝を「長篠の戦い」

失ってしまします。

 

そのため、武田勝頼の命で、

昌幸が真田家を継いだのです。

 

 

せっかく、立派に育て上げた

息子を2人も戦で失うなんて、

たまりませんよね!

 

酸いも甘いも噛分けた、

経験豊富な肝っ玉母さん、

っていうところでしょうか。

最期は上田城で迎えたようですが、

没年は、1592年とも、

1593年とも言われています。

 

 

この時代にしては、71歳くらい

まで生きていますから、長生きですよね。

戒名は、

恭雲院喜山理慶大姉

真田家墓所、長谷寺に眠っています。

 

真田丸では、肝の据わったババ様・とり

真田丸7話で、滝川一益から

木曽義正の元へ人質として

渡されますが、毅然とした態度

変わりません。

木曽義正なんか、ハナタレ小僧の時から

知っていますから、

大恩ある武田家を裏切るとは何事ぞ、

と引っぱたいたわけです。

この後、徳川家にも人質として

向かいますから、大したババ様です!

様々な武将の元に人質に送られましたが、

毅然とした態度で居たため、

一目置かれていたようです。

 

 

とりを演じる草笛光子さん

草笛光子さんは、

1933年10月22日生まれ、

出身地は神奈川県です。

えっ!!

もしかして、80代ですか!!!

うそっ!!

驚愕ですね!

この凛とした美しさ!

sanadamarukusabuemitukotori

http://www.cinemacafe.net/article/img/2014/09/14/2…

草笛光子さんを拝見していたら、

齢を取るのも悪くないなって

思えてしまいます。

素敵ですよね。

 

 

1950年に松竹歌劇団に入団し、

1953年に「純潔革命」

映画デビューしています。

 

大河ドラマは、「元禄太平記」、

「翔ぶがごとく」、「利家とまつ」など

多数出演しています。

三谷幸喜さん脚本の、

ドラマ「オリエント急行殺人事件」

にも出演されていましたよね!

 

 

今回のNHK大河ドラマ「真田丸」では、

三谷幸喜さんから

「ありのままで演じてください」

と言われているらしいです。

 

 

ありのままで、あの迫力!!

もう、カッコイイ!!

最終回までずっと出てほしいです。

回想シーンでも良いので!

 

では、本日も最後までご覧いただきありがとうございました。

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